お父さんからの伝言

夕食の食卓を囲んで、おとうさんが家族にするような話を書き残してゆくブログ。 家族の歴史。

Thursday, July 31, 2008

最低4日は悩む

「どういう風に仕事を進めましょうか?」
こういった類の打ち合わせの前、お父さんはたぶん4日まえから悩む。
毎日思いついたことをメモしては、「プロジェクトの方向性(だれのために、何を実現するためにやろうとしているのか)はどうだったか」と確認し、「今回の打ち合わせでは、何をテーマの範囲にすればいいか」を絞り込む。

いろいろ心に浮かぶことを書き出す。
眺める。
結びつける。
方向性と照らし合わせる。
選ぶ。
順序だてる。
たとえ話を作って比べる。
実例を書いてみる。
何をひとつ直せば、いろいろ関連してよくなるのかを考える。

プレゼンテーションとして、物語のように項目をまとめて順番を決めるまで、最低4日。1日の悩む時間はだいたい1-2時間だ。その間すごく集中している。
形のないものを形にする、頭の中を整理するって、時間がかかるね。

Monday, July 21, 2008

欧州式の教育をしたい

最近思うこと。理想の家族に近づくにはなんだか高校が邪魔。いまのライフスタイルでいいのか。
大前さんの言うように、ヨーロッパ型の、自然の中で自給自足をして、教育も「答えを覚える」のではなく、のんびり勉強しながら「答えを見つける方法を考える」「工夫する」「実験する」というものができないかな。

どうも親は「まわりの子は受験の努力してるのに」などと、まわりと比べる雑念が大きくなりがち。親だけではない。比べているのは子ども自身も同じだ。
問題なのは、遅刻しないことや勉強(実は答えを覚えること)をしなければいけないことが無条件に前提となっていること。
本当に必ず答えがあることの解法を覚え、知識として答えを覚えることが青春の時期に大切なことなの?それは答えのない今の時代に即している前提なの?
現に家族と野山で自給自足の長いバケーションを取る北欧の子達が、世界的なテスト結果では多くの科目でトップ。日本は小学校のレベルは高いけど、中学高校は??という状態。

学校を抜け出したとしよう。たとえばお寺にいるとなると「修行」というイメージから許されるが、言葉を変えて「里親に出す」と言うと「どういう家庭?」となってしまう。通信教育も旅と組み合わせると理想的なのに。
この考えを普通の人に話すと、ちょっと拒絶反応的な顔をする。でも、日本が沈んでいる対策は何も考えてない。根本原因を考えての行動も起こしていない。
真面目そうにやっていれば満足。
とりあえず貯金すれば満足。
「昔はよかった」と言っていれば満足。

お父さんは「自分で自分への適切な質問を設定できること」が、これからの世の中で一番大切のような気がしている。
「何を問題として取り上げるか」「どの順で取り上げるか」みたいなこと。

自然の風でよく眠れる

夏に経験したこと。なぜだろう。

海外の旅は人を大きくする

1.自分を表現しなければいけない。
2.違いを納得させなければいけない。
3.リーダーシップで惹き付けなければいけない。
4.自分で申し込み、交渉し、手続きをやり遂げなければいけない。
5.情報が集まるように、人間関係を作らなければいけない。
6.自分は無になって柔軟に別の道を見つけ、目的地に着かなければいけない。
7.リスクを察する観察力がなければいけない。
8.人間や生き物への愛を中心に考える人でなければいけない。
9.出来る労力は惜しみなく与えられなければいけない。

壁打ち教育

壁打ちに行くと、自分が強く打てば強い球が帰ってくるし、自分が弱く打てば弱い球が帰ってくる。
いいところに帰ってくるように打つと、打ちやすいところに戻ってくるし、気分よく思いっきり振り回すと、次に続けるのが大変。
自業自得だ。
常に次の段階(一歩先)のことを考えて打つことが要求される。
続くようになってきたら、強く打つのと弱く打つのを交互にすることだ。ペースを変えるのは難しい。

自分を育てるヒントがあると思う。壁打ち教育。

チェアマン

合弁会社を作ったとき、合弁相手との資本を出し合う比率が問題になるが、日本人が見過ごす点に「だれがチェアマン(議長)になるか」ということがある。
学級会のイメージから、議長というと公平に議事を進めていく進行役という感じだが、議題を選んで取り上げるか取り上げないかという重要な決定権があるね。
どんな議題を取り上げるか、問題にするかしないかで、会社の運営が違う方向にいくこともあるだろう。資本をたくさん持っていて多数決に強くても、問題に取り上げてもらえないと話にならない。土俵にのらないと戦えない。

「それは問題か」
質問のテーマや打ち合わせに持ち出す内容はよく考えるべきこと。
「何を選ぶか」「何から順に選ぶか」
普段から心がけよう。

間にはいる人

お客さんとの間に入る人は強い。たとえば建設会社。実際働いて物を作っているのは職人さんだけど、その手間賃を決めるのも、腕を生かす材料やデザインをコストで封印してしまうのも、間に入る建設会社。ただしセンスのいいデザインや、最初から仕上げまでの技術やプロセスを知っているという価値がなければ、いらない存在。オーケストラの指揮者も「こうしたい」というイメージを形にするために、お客さんと演奏技術者の間に立つ。
お客さんとの直接のインターフェースのない会社で、特に部品や労力を提供している会社は下請けだ。
中には何もしないのに、口利きとしてお客さんとの間に入って、手柄と評判とお金をかすめとるやからもいるから要注意だ。

どんな世界でも、お客さんとの直接のインターフェースは死守すること。変な人に間に入られないこと。
できれば一番太陽に近い位置に葉を広げること。そのためには、お客さんの見える位置に場を作って、いつも何か作品を発表し続けること。売ってもらおうなどとだれかを頼らないこと。自分で売ること。そして信用を広げること。

自分への質問

お父さんはマイブックに気がついたことをメモしているんだけれど、その中で最近変わったことは「自分への質問」を書いていることだ。
従来は
・やらなければいけないこと(Todo)
・思いついたアイデア(Idea)
・構想を絵にする(Image)
・構想を矢印でつなげて発展させてゆく(Mind map)
・気に入った言葉(Words)
などが順序ばらばらで書きなぐられていたんだけれど、
・自分への質問(Question)
が加わっていた。
これは「君ならどっちを選ぶ?」とか「今一番大きな問題は何?」とか「こんなにアイデア盛り込んで矛盾しそう。どれを捨てる?」とか「まず最初にどっちの方向へ行く?」などの質問。それに続けて自分の答えを足してゆく。
決定には必ず「なぜならば」という理由メモを添付している。そういえば、 ピラミッドストラクチャーの4つのパターンを思い出す。

この方法、結構頭がすっきりする。
何が問題か、それは解決しなければいけない問題なのか、何に答えなければ形が見えないのか。それをまず明示することって大切。

Sunday, July 20, 2008

お客様の喜ぶもの

「ただお客様が欲しいと言っているものを作るのではない。喜ぶものを作るのだ。」
言われたものを作るのではなく、「お客様も自分で気がついていないニーズを掘り出して形にする=喜ぶものを作る」ことなのだそうだ。

統計や、表面上の現象、言葉をうのみにしない。
「お客様はなぜそう言っているのか。」
「すばらしいこんな高機能がある」ではない。「これがあればお客様はもう少しxxできる。だから喜ばれる。」
深堀りして形にしてゆくのがプロの仕事。

Thursday, July 17, 2008

たよっていても進まなかった

結局自分で解決することになった。ポーランドやチェコやハンガリーとの繋がり作りも。
なかったものを形にすることがプロの仕事。
「道なき道を行く」のだから、考えてみたらあたりまえ。たよっていても進まない。誰も解決してくれない。正解がないのだから、自分の責任で実験するしかない。あるいは君の頭の中にあるぼんやりしたイメージだけなのだから、他の人に見えるわけがない。 表現できる形にならない限り。
すくなくとも「こういうことができれば進む」という段階まで分解して、「これならできる?」って聞けないとね。
道なき道に指標を見つける力。

Wednesday, July 16, 2008

味覚は三代

ミュージシャンは世の中の流れに乗れれば一代でできる。
耳は二代かかる。音楽家のお父さんやお母さんが音楽にかかわっていたということは多い。
味覚は三代かかる。本当の料理人は子供時代の遊び場が厨房だった。

昨日行ったレストランで聞いたこと。

捨てるほど得るものが大きい

旅は自分を捨てる実験。

Sunday, July 13, 2008

雲水

雲水っていうのは修行中のお坊さんのこと。
乞食のように物乞いをして、旅をして、自分がこれと思った師匠のところに弟子入りを請う。出会いを求めての旅なのだ。

修行はスポーツのように筋力を鍛えたりはしないが、「自分がとらわれているものをはずす」「内にあるものを出てこれるようにする」みたいな感じ。精神的に苦しいわけ。そして体得するのを助けるために、学問をする。ただしお経が覚えられないお坊さんも、体得して高僧と言われたこともある。いろんなことを知っていることが偉いのではない。学問は体得を助けるひとつの手段。真剣に座禅をする。真剣に自分と向き合う。

体得したと師匠が認めると、卒業証書をくれる。でもそれはその派閥に所属するということでもあるとして、卒業証書をもらうのを拒み、師匠のもとから新たな旅に出る高僧もいた。

雲のごとく水のごとく旅を続ける人生は、お父さんにとって魅力的。
「青年は旅の中からしか学べない」というのがお父さんの基本。

Friday, July 11, 2008

人は物語を楽しみにしている

人って、その裏に見える物語を楽しみにしているんだよね。魅力っていうのは伝わってくる物語から得るもの。何ができるとか、何が早いとかは表面的なこと。
たとえばスポーツ。強いチームだから応援するというより、後々まで語られる逆転劇などが魅力。高校野球の根強い人気はそれ。
たとえばインターネット上のサービス。技術の塊みたいなものだけど、ブログとかYoutubeとか、人気のあるものは「何が出てくるかわからないけど、はっとする、だからおもしろい」みたいな感じ。表示速度が速いとか、大量のデータをどう処理しているんだろう・・・なんてことで人気があるのではない。

ヨセフも変化している生き様や、次にどんな作品を出してくれるんだろうかという、彼にしか見えない物語をお父さんたちにも見えるようにしてくれ・・・というのが魅力の根源なんだよね。いったいいつまで物語を提供し続けてくれるんだろう・・というのがわくわくさせる力。
出し惜しみしての、陳腐な付け焼刃の物語は飽きられるけど。生み出し続けてゆくパワーがついたらプロだね。

Thursday, July 10, 2008

髪の毛セット

ルカは真剣に鏡の自分と向き合って髪型を整えてる。
禅僧が座禅で真剣に自分と向き合ってるのとどう違うのかな。

とらわれているのか、とらわれていないのかの違い?
両方真剣に自分と向き合っているけど、片方はなりふり構う。片方はなりふり構わない。
表面を整えて魅力を出すのと、心の持ち方を整えて中から光る強さを得るものと。
髪の毛セットと座禅。それぞれ何に自分をささげ、従って行動しているんだろう。
相手を負かして魅力的に見せたい。自分を負かして真理と平安にたどり着きたい。

似ているのか対極にあるのか、書いているうちにわからなくなる。

Sunday, July 06, 2008

ゆるいお父さん

「勉強しなくていいの?」
「そんな口の利き方ほっといていいの?」
「学校に遅刻するのをほっといていいの?」
どれもできれば何とかしたいことだけど、焦点はひとつ・・・他人に迷惑をかけない限りにおいては、自由にトライさせる。
さぼったり遅れたり休んだり、常識とは逆のこともやってみて、自分が追い込まれる限度を体験するもよし。逆が分からなければ、正しい度合いは分からない。
世間から見たらゆるいお父さんだなあ。

子ども達の緊急事態には対処する。
それから、「海外に一人で放り出す」ことは言い渡してある。これは必ず実行する。
家業を継いでもらうことよりも、君たちの自由な意思で、道なき道を切り開いていってもらうほうがうれしいタイプの親なのだ。

何に対する概念か

何かを表現するときや何かを創造するとき、「何に対する(対抗する)概念か」を意識すると良いと言う。
そして「誰に対しての価値か」を考える。
この2つを忘れずに。「ライバルに負けないように」とがんばるだけじゃいけない。

異邦人

常に新たな文化の創造は異邦人によってなされた。
異端者、よそ者、異邦人。
ニューヨークは異邦人の力を一番良く知っている場所だろう。
混ざり合う場所で創造は起こる。
日本人同士で固まることなく、いろんな国の若者に混ざり合っていきなさい。

ここに残れ

「ここに残れ」
ヨセフがいつも寺にやってくるおばあさんに言われた。
村の人に受けいれられている不思議な存在感。ただ「若い人が少ない村だから」とか、「寺の後を継ぐ人がいないから」という理由なのか、ヨセフのもっているものがおばあさんにそういわせるのか。

結婚式のときに従者をして、その姿、立ち振る舞いでまわりを驚かせた。
2次会のときに余興のビデオを編集して、その品質とセンスでまわりを驚かせた。
夕食にさばの味噌煮や茶碗蒸しを作って、その味でまわりを驚かせた。
その前にも村おこしのコンテストに応募したビデオ編集や、ライブトークのオープニングビデオ編集で、周りの人をはっとさせている。

ヨセフはごく自然にそこにいたという存在感のほかに、周りの人から一目置かれる才能から存在感も出し始めている。
お父さんはうれしい。

禅の本

澤木興道(さわきこうどう)という禅のお坊さんのお話。
この人、幼い頃にばくち打ちの養子となって育ったんだけど、禅の道に入った。修行に入って間もなく、普段は興道を雑用係として使っていた老婆が、一人で座禅をしていた興道に向かってていねいに合掌をした。その瞬間、禅の本質を認識したという。
「どんな人間でも、一番尊いのはその人間が真剣になったときの姿である。そこには指一本触れることが出来ない厳粛なものがある。」

ヨセフの従者姿もそれを感じさせたし、きっとクララの練習風景もそうだろう。

クララの成長レベル5

練習は欠かさず通ったけれど、衣装の準備は自分ではうまくできなかった
後回しにしてぎりぎりになって手伝ってもらった
自分で段取りしなかったから、あわてることも多かった
問題が起こったときも、手が止まってしまった

初めて家族と別れてルームメイトと暮らした
どんな授業をとったらいいかも家族の手を借りずに手続きした
授業の最後に宿題が出たか先生に確認に行った
とにもかくにも最高の成績をとることが出来た

ひとりで夏休みにロスまでダンスセンターを申し込んで通った
寮で一人で暮らした
まわりに日本人はいなかった
知らない土地でわからないことも、回りの人たちに聞いて解決していった
聞き取れなかった英語がいつのまにか聞こえるようになっていた

大学に戻って、ダンスカンパニーに入ることが出来た
ピアノを時間がたつのも忘れて練習した
友達と本当に楽しめる、依存しないですむ気持ちで過ごせた
もうひとつ上を目指そうという気持ちが沸いてきた

知らない大都会に一人旅立った
自分で住むところから探さなければいけなかった
試験に受からなかったけど、くじけなかった
新しい修行の場を見つけた
大学から自分で見つけた修行の場に移る手続きもやりのけた

生活のリズムもひとりでつくる
文化を超えて、ダンスのパートナーとの協調もやってゆく
作品の創作も行う
自分のレベルアップもすすめてゆく
問題に直面したときはいっぱいいっぱいだったのに、自分で問題を解決していってる
自分を励まし
訓練し
まわりを観察し
注意深く道を選んで
自分の道を
道なき道を
歩き始めている
それは学生として教えてもらっているというよりも
新しい価値を生み出すための
失敗を積み重ねてよりいいものへ
チャレンジしてみようという姿に見える
プロの顔に近づいてきているわけだ

まだまだ新しい修行の場を踏んでゆかなければいけないだろう
そして自分の舞台も見つけなければいけないだろう
しかし語ることはいつも同じ
ひたすら磨きながら、お客様に共感してもらえるような、特別な価値を生み出してゆけるかだ
「世界一のパフォーマーになる」なんていうのを目的にしてはいけない
今までなかったものを、形にしてゆくことに集中する
そのためには足りないものも工夫して作り出し、準備し、そろえてゆく

君にレベル5をあげよう

いいお客さんに来てもらいたい

お父さんが製品を紹介していると「値段はいくらかまけてくれるかい?」と言うお客さんがいる。
お父さんはいつもこう答える。
「値段はお引き出来ませんが、設定のお手伝いだとか、フルにご利用いただくお手伝いをさせていただきます。」
それで納得してくれる。

基本的な考え方は2つ。
利益はよりよい製品を開発し続けるのに必要。
お客さんが製品の機能をフルに活用してくれれば、こちらもうれしいし満足してもらえるので、そのお手伝いはこちらから手を上げてでもする。

いいお客さんと出会い、つながることは、お父さんの幸せでもある。
値段だけに価値をみてくれるお客さんよりも。

どうやったら引き出してあげれるか

本当の失敗もしていないうちから「どうせだめだから」と言う。
調べたりするのは遠回りでめんどくさいから「時間の無駄」
答えを見つけるのが難しそうな問題には「あとでやる」
意味があるか吟味することよりも、「早く正解を答えたほうが勝ち」

こんなヨセフやルカの中から、動機や意欲を刺激して、自由に生きてゆくために必要な才能を引き出し、磨き続けてゆくようにするにはどうすればいい?

星の数ほど

「星の数ほどある旅館の中から、うちを選んでいただいて、どうもありがとうございました」
泊まりに行ったときの、「鍾寿館(しょうじゅかん)」という温泉旅館のご主人の一言。

Friday, July 04, 2008

仕事だから礼はいらない

バイトで「ありがとう」を言う必要もないし、いってもらう必要もないという店員がいるという。つまり、お金をもらって物を渡す。処理をする。機械的でいい。だからありがとうと言う必要性を感じないし、言われる必要もないという。確かにスーパーのレジで「ありがとう」と言う客も少ないし、店員もマニュアルどおりの「ありがとうございました」だ。

お父さんは自分の作った製品を買ってもらうのに苦労している。売り込みの電話をして断られるのはあたりまえ。そんな中で、お父さんの作った製品にこめた意味(意図した価値)に共感して「これはいいね。ひとつ買ってみよう」というお客さんにはおもわず「ありがとうございます」と言葉が出る。そして何人かのお客さんは「いやあ、あれいいね。使ってみてよかったよ。仲間にも宣伝しといたよ。ありがとう。」と言ってくれる。 お客さんからも「ありがとう」と言葉が出るのもおかしなことではない。

「ありがとう」ということが無意味と感じるバイトの子は、なぜその職につくことができたかを考えていないからかな。きっと彼にとっては仕事は学校や宿題のように存在して、お金をもらえるのはあたりまえなのだ。 しかし世の中いつも同じとは限らない。実は仕事の場は確実に減っている。

ゼロベースで考えてごらん。
「雇用の安定」は「働く場があること」のあとに来る順番なのだ。
「働く場があること」は「価値を認めて共感してくれる人がいる」あとにくる順番なのだ。
「価値を認めて共感してくれる人がいる」は「適切な言葉で価値を広めようとする人がいる」あとにくる順番なのだ。
そして「適切な言葉で価値を広めようとする人がいる」は「移り変わる時代の中で見えなかった価値をかたちにしようとする人がいる」あとにくる順番なのだ。
能動的に理想を掲げてリーダーシップをとる人がいたから流れは始まった。

また、お客さんが「ありがとう」と言ってくれるのも、「いいものが見つかってよかった」とか「お店がいつもどおりやっていてくれて助かる」ということかもしれない。従業員の人も病気や急な用事もあるだろうに、きちっとローテーションを守って店を開けてくれる努力に感謝するという意味。
バイトの子は自分の都合だけで、店を開け続ける店長の努力は見えていないだろう。もしかしたら君に感謝しているわけではない。 勘違いしていないか。
そんな子は選ばれない日も近い。自分で選ばれる機会を狭めていることにも気がついていないだろう。店長の立場に立たない限りは。 意識して「自分が教える立場だったらどうするか」と、いつも考えることができるかどうかだ。

「感謝」の反対は「あたりまえ」
「愛」の反対は「無関心」

Thursday, July 03, 2008

どこから手をつけるか

絵を描くとき、どこから手をつけて描いてゆく?
1.まず見る角度や範囲、自分の位置、どういったことを伝えたいかなどの方向性を決めるだろう。
2.それからとりあえずアウトラインを書き出して、バランスがどうかを見てゆく。
3.進めてゆくうちに、色だとか、なにか部分がしっくり書けただとか、手がかりをつかむ。
4.その手がかりを中心に、他のバランスを整えてゆく。

これが普段の生活や仕事で直面する問題だったらどうなるか。問題解決は白いキャンバスに絵を描くようなものだと思う。
1.どの方向から解決を試みるかを決める。その問題の制約条件を検討する。
2.とりあえず仮説(解決してゆく仮の物語)を作る。他に与える影響がどうか、バランスを見る。
3.手がかりをつかむ。 (好きなことや得意なこと、または才能のある分野なのかもしれない)
4.そこを切り口に進めてゆく。

都合のいい女

素直で、頭がよくて、理想(目指す方向性)のはっきりしていない人は「都合のいい女」。利用されやすい。
日本の教育は工場で働く人を排出するにはよかった。規律を守り、全体で協力して行動し、上に文句を言わない。忍耐強く与えられた課題をこなし、内部で競争する。余計なことに疑問を持たない。
だけど下手をすると、「都合のいい女」として使われるだけの国民になってしまう可能性がある。
逆にだまされていると感じたら、被害者意識を持ち、疑心暗鬼から閉じこもり、反動で暴走することもあるだろう。 これは迷惑千万。
言いたいことを言える人が時々クローズアップされるが、悪代官をやっつける的な文句だけを言う人。根本の解決策を提示するわけではない。評論家から与党になって、自分から解決策を提示してまとめようとすると、損をしたり、本当は影でたたかれるのが怖い。

そうならないためには、「ちゃんと自分で考えられる人」になる。つまり「リーダーシップを持つ」ということだ。

幸せになれるかどうかの分かれ道

「安心して任せてもらえるか」が、人の信用を得て、成功するかどうかの分かれ道だ。君が「安心して任せられる人」かどうか、世間は「4つのこと」で判断するだろう。

1.たのまれた問題を解決するために、自分から調べようと行動を起こす人かどうか。(たとえばネットや本で調べたり、知っていそうな人を本や紹介記事で探し出して連絡を取って取材。たとえ相手が知り合いでなくても。)
2.約束を守り、逃げてうそをつかない人かどうか。たとえ結果が満点でなくても、どのような道筋を考えて行動をとり、対処したか説明のできる人かどうか。 (相手のあることは、思うとおりの結果にならないこともある。逆に自分だけでできることなら、なぜできなかったか説明が必要)
3.状況を観察し、深く検討して「要するにこういうこと」という一言がいえる人かどうか。(あれもこれも盛り込んで切り捨てて集中することができず、方向性を決められない人が多い。囲碁でも負けてしまう)
4.問題解決までのスケジュール管理ができる人かどうか。(手順を決めてからそれぞれの期限を決めて連動し、まわりを動かせるかどうかが価値)

お父さんやお母さんは、君たちがそういう力をつけることが我が家の教育だと思っている。君たちが幸せに、自由にこれからの人生を生き抜くために必要なこと。
じゃ、どうやったらその力がつくか。方法はこれだ。
「海外へひとりで放り出す」。

問題を前にして、布団に入って寝てしまってはダメだよ。

Wednesday, July 02, 2008

こうしたいのにできないのは何でだろう

WHY?
「メールを飛ばしたいのにできないのは何でだろう」
「こうなるはずなのにできないのは何でだろう」
「設定の何が違っているんだろう」
「やり方の何がいけないんだろう」
「同じようにやってるつもりなのに、どこがいけないんだろう」
これが動機の原点。
これをいっぱい持つ事が若いクララやヨセフやルカに必要。

せっかく出来ると思って買ったのに、動かない。ちくしょー、なんでだ?無駄にはしないぞ。何とかしよう・・・
パソコンなんて新しい分野は先達がいなかった。ここから失敗と勉強が始まる。簡単に手に入る答えはない。道なき道を行く。これが旅と同じ醍醐味。
ダンスや映画編集やゲームでも同じ。答えのある退屈な訓練の勉強より、面白いし役に立つ。と、これは言いすぎかな。

明日までに仕上げないと王様に殺される

「明日までに仕上げないと王様に殺される」
こんな気持ちで調べたり、何とか動くように試したりってことが、今までに何回もあった。ヨセフやルカも、この経験をどの位するかで一皮むける。

「会社のほかの誰もできない。お父さんが何とかしないと、みんな困ってしまう」
「明日は会議で発表だ。何も出来ていないと恥ずかしい」
「誰もまわりに答えを聞く人がいない。結局お父さんが調べて試して解決するしかない」
なんとか乗り切ったとき、応用力がついている。実力が上がっているわけだ。

ほとんどの事は、宿題のようにやらされたから出来たのではない。
好きでやってたことで、頼りにされていたり、自分の誇りに傷をつけたくないと思ったり、結局自分で解決しないと何も進まないと腹を決めたことなのだ。
がんばるだけでは解決しなかった。何とか解を見つけようと、実験というか、実際のもので試行錯誤したから。つまり失敗の積み重なりでした。
その失敗は許される環境の中で経験させてもらったわけだ。許されるように、バックアップを取って試したというのが正しいかな。

Tuesday, July 01, 2008

古文は科学者の発明の種

古文の勉強は何に役立つか。
ぜんぜん役に立たないと思っていたが、最新科学の発明に役立つようだ。
たとえば古文書にあるものを再現しようとしたとき、今まで常識とされていたものが覆されることがある。酒造りなどの発酵の世界で、そういったものを垣間見る。

科学と縁のないところでも、小さな発見を深く突き詰めていって形にしたものがあった。
たとえば世界遺産にもなっている合掌造りの五箇山地方。
ここは小便から火薬を作っていた世界でも類のない地方であった。

「やろうかな」を決める1234

やる価値があるか決める1234。

1、独創性:他にない?
2、理論武装:なぜそうなるといえるのか説明できる?
3、受け皿:お客さんはいるか?
4、物語:人は物語で価値を理解する。

条件にちょっとかける場合。
1、他に同じものがあっても、他よりもうまく出来る場合はよし。ただしきつい値段競争になる。ビジネスはカンニングOKの世界。一番うまく出来る人が残る。
2、理屈は分からなくても、必ずこうなるという条件を押さえていればまあよし。大変な発見も見過ごしてしまい、もっと価値ある応用につながらないことがあるけど。観察眼とセットで大切なこと。
3、ないと続かない。
4、機能だけでは広まらない。印象に残らないから。

1234が載っていた小泉先生の「発酵は錬金術である」って本を見ると、小泉先生はビジネスのセンスを大切にしているようだ。
自然や伝統産業には、面白い考え方のヒントがいっぱい。そこに価値あるほかのものと結びつけて、応用する意味を見つけられるかが分かれ道。

出来すぎ

お父さんとお母さんの下だと、君たちはいつまでも子ども。
もしお父さんがわからないことだらけで
「たよりにしてるよ」
「これはどうすればいいの」
って態度だったら、君たちはどんどん大人になっただろう。

家族を離れて海外ボランティアやる意味はここにある。