お父さんからの伝言

夕食の食卓を囲んで、おとうさんが家族にするような話を書き残してゆくブログ。 家族の歴史。

Sunday, June 29, 2008

言っとくけど

ヨセフ、ルカ。
言っとくけど、「勉強=苦痛」「仕事=苦痛」じゃない。
「やらされていると思う=苦痛」「自由に決める権限がない=苦痛」「選べない=苦痛」

想像してごらん、自動車の運転を勉強するのは楽しいだろ?できるようになれば自由に好きなところにいけるから。
まずは交通ルールを勉強。 それにどういう危険が潜んでいるかも勉強する必要がある。交差点とか、目の錯覚とか。
次はハンドルとかアクセルとか、操作方法としくみを勉強。
頭でわかったら、体が動くように慣らす。これは勉強じゃなくて訓練だ。 自然にできるまで、怒られても素直に聞いて続ける。
君には理解できなくても、経験者は「このまま行ったら危ないぞ!」って見えるわけ。危ないから怒られるわけだ。

そして自由に運転し続けるためには、ガソリン代を稼がなければ続かない。第一車が買えない。仕事をみつけて、稼ぐことが必要だ。
雇ってもらえるためには「お前は何ができるんだ?」「この会社に何で貢献してくれる価値を持ってるんだ?」「君の価値は何だ?」という面接官に答えられるものを持っていなければいけない。ありふれたものだと、「その程度じゃたくさんあるからいらない」って言われる。WCCFのカードみたいなもんだ。

幸せになるためには、まず「方向性を決めて」から「具体的な手順」をすすめる順番でやってゆくわけだ。

「方向性を決める」には、次のABCが重なる分野を選ぶ必要がある。
まずはA.「好きなこと、苦にならないことを仕事にする」こと。関わる時間が長いから。
つぎにB.「好きなことをやって時間をすごしているのに、こんなにお金をもらってもいいのか」と思えるような仕事を選ぶこと、または作ること。
そしてC.「世界一になれる分野を選ぶ」こと。自分が平凡だと思ったら、他の人があまりやっていない価値の高い分野を選ぶこと。これらABCの重なる分野が君の場所。

このとき「価値の高い=必要とされている人」は時代によって変わるけど、これからは「海外にひとり放り込まれても、稼いで生きてゆける人」になることだろう。
理由は簡単。いい企業はみんな世界に出ている。世界中の変化の大きいところに行って活躍している。
日本という世界の田舎に引っ込んだままじゃ、だんだん没落してゆくばかりで、きゅうくつで暮らしてゆけなくなった。

次に「具体的な手順」だけど、必要なスキルは4つ。
1.英語でまわりとやりとりできる。(そうでないと相手の必要としていることがわからないし、もっていることもアピールできない)
2.問題を解決するのに「これって要するにこういうこと?」って、こまかくわけて質問ができる。(答えのない問題は、条件を固めていかないと形にならない。それには質問してゆく力が必要)
3.だからこうしなければいけないって納得してもらえるように、順番に組み合わせることができる。(順番が違うと伝わらない)
4.創造出来る人。いつも密度の高い時間帯を自分でコントロールできる人だ。同時に価値を買ってくれる人にとってほしいものを創造出来ないといけない。(ありふれたものは価値が少ない)

価値は自分だけのものじゃなく、社会にとって貢献できる本物でないと。受け入れてもらえなくなる。他の人に役立ち、自分もハッピー。それを次世代の家族に引き継いでゆく。これがお父さんの考える「君の幸せへの道」

わかった?これからどうする?

おばちゃんもお客様として扱われれば淑女

「すごいぞ」と言われ続ければすごくなる。
「かわいい」と言われ続ければかわいくなる。
「たよりにしてるよ」と言われ続ければしっかりものになる。

こうなれたらいいなと思ったら、自分で語り続ける。
そういってくれる人になり、そういってくれる人をまわりに集める。
またはそういわれ続ける環境に飛び込めばいい。

幸せな密度の高い時間帯

密度の高い時間をすごせると、すごく幸せ感を得られる。

自分の奥深くから、いろんなアイデアが次から次へとわきあがってくるとき。
普段考えていたことを話したら、共感されてつぎつぎと話が盛り上がったとき。
好きな音楽を聴いていたら、旅の光景が次から次へと映画のようにわきあがってくるとき。
壁打ちでもどってくるボール。しっくりとラケットがつき抜けるように動いて、何度も何度も続くとき。
あたためていた難問をちょっと書き出してみたら、取り巻く状況と経過が言葉になって、次から次へと「こうやったらどうだろう」という解決策を呼んでくるとき。
朝やろうと思っていてもできなかった山歩きに思い切って出かけてみたら、軽く足が次から次へと運べたとき。
やってみたいことが、次から次へと計画できてゆくとき。
みんな物語のような、未知との出会いの時間帯なんだな。 本を読みはじめたら、ずんずん引きこまれてゆくような。
これって創造じゃないかな。幸せは心の力が抜けたとき、出会い、発見し、創造してゆくときに生まれる気がする。

その異次元に突入するきっかけは、場所とバイオリズム。
まずは自分が変われてやる気の起こりやすい、お気に入りの場所にいってみること。
第一歩を踏み出すこつは時間帯。
さわやかに朝起きて何も心にないとき、気になっていたこと、なかなか手を付けられなかったことをそろりとスタート。これがいい。
心に何もないと、障害物がなく、吸い込まれるように動き出すことができるようだ。

お父さんのこれから

お父さんに定年はないけれど、いちおう60歳を区切りとすると、お父さんのこれからはどうするか。
まず決めなければいけないのは、「どこに住むか」だ。
孫とキャンプや釣りへ一緒に遊びに行かなければいけないけど、「田舎のおじいちゃんおばあちゃん」がいいか、「ディズニーランドに近いおじいちゃんおばあちゃんち」がいいか、子どもたちがどこに住んで仕事をするかによって決める。

もしみんなが東京で仕事をするなら、「田舎のおじいちゃんおばあちゃん」になる。日本の田舎なら北海道、オーストラリアあたりもいい。自然豊かで動物のいるところ。
もしみんなが地方都市で仕事をするなら、「オーランドのおじいちゃんおばあちゃん」でもいいかな。ディズニーワールドがあるし、楽しそう。
もしみんなが日本以外の世界中で仕事をするなら「日本のおじいちゃんおばあちゃん」になる。孫たちがあまりうまく日本語をしゃべれないなら東京ディズニーランドに行ってもつまらないだろうから、長野県あたりかな。
もしちょっと体の調子が悪いなら、「タイのおじいちゃんおばあちゃん」になる。タイで介護してもらってね。
お母さんはどこがいいというかな?

新しい物語を作る

新しいものを創造するのは「新しい物語を作る」こととも言えそうだ。
そのとき「何に対する概念か」、反対側のことをイメージするといい。
スポットを当てるものと同時に、はずすものを意識すること。

クララの番組はディレクターが「目ちからのある4人に絞ってスポットを当てた」と言っていた。
先生は全員を盛り込んで欲しいと要望していたそうだが、それじゃ話にならない。

新しいことを考えるときは「何に対する概念か」を意識しよう。
そして捨てることが大切。

右脳使え

問題解決を理論的に進める技術(ロジカルシンキング、ピラミッド)を知っているとかっこいい。必須だ。だけどそれだけじゃダメ。
学生時代は感性を磨くこと。
音楽やダンス、絵、スポーツ、田舎暮らし、旅、映画、本。
大いに結構。
瞑想もいいと思う。
お父さんのやったことは、旅とKJ法だった。写真撮影も好きだったけどね。
残念なのは、音楽は聴くばかりだったこと。

家訓

1.高校を卒業したら、留学するか、海外ボランティアをする。
1.保証人にならない。
1.世界中どこに放りだされても仕事をして生き抜ける人になる。
1.自分が自由に生きてゆけるために努力(勉強)する
1.誰かのためになることと、自分の好きでやりたいことの方向が、同じになるように工夫する

動機は単純

英語を勉強して使えるようになった動機は「アグネスと英語で話してみたい」
遠く南米まで旅した動機は「旅人に優しい国の人たちはどんな人たちか見てみたい」
いろんな本を読むようになった動機は「人にやらされないで勉強しているみたいでかっこいい」
空調の設計をがりがり勉強した時期の動機は「早く会社を辞めて、アフリカに行きたい」
パソコンを独学で習得した動機は「なんども繰り返し暗算をしなくて済む」
パソコン通信をやってみた動機は「自分で海外線の飛行機の空き具合が分かるってかっこいい」
インターネット関連技術を習得した動機は「レストランのお客さんに、カロリーのポイントカードを安く作れそう」
イギリスのソフト会社と提携した動機は「海外の人と一緒に仕事をしてみたい」
独自で事業を起こした動機は「どうせもう歳。青春時代アフリカでやり残した不完全燃焼感をうめたい」

魔法の赤い帽子

お昼寝から起きると、かならずおやつの入っている帽子。
お母さんの素晴らしいアイデア。
それを楽しみにお昼寝したね。

違うことやってる

お父さんは振り返ってみると、そのとき入った環境と違うことをやっている。今までの通ってきた道は偶然の産物。

大学は家の仕事に関係あるだろうし、数学はまったくダメだったけれど文系よりはマシ、それに得意だった絵を描くことに関係ありそうだというので、理科系に進み建築学科に入った。
最初の図面の授業のときだった。鉛筆で単純な横線を何本も描かされた。いい加減に退屈してきたとき、見回ってきた先生から「ペンシリングが悪い」と言われてがっくりきた。
当時図面は鉛筆で書くのだが、先を自分でやすりで研いで細くし、細い線、中くらいの太さの線、太い線を力の入れ具合で表現していたのだ。だから長い線を引っ張っていると、先が丸まって途中から太くなる。当たり前なのだが、うまい人は先を回しながら同じ太さで書いていた。これがペンシリングのよしあし。
お父さんは「シャーペン使えばいいじゃないか」と思って、見回りの先生はアホかと思った。それ以降その授業は馬鹿らしくて出なくなった。
実際、学生やその後課題の図面をシャーペンで書いていたし、空調設備の会社に入ってもみんなシャーペン。それに学生時代後半にパソコンを見たとき、CADソフトを使ってパソコンで図面を書くようになると思ったが、今はそのとおりになっている。

結局大学に入って何をやっていたかというと、テニスをやり、旅をし、いろんな本を年間150冊くらい読んだ。
将来おじいちゃんの会社を継ぐにしても、きっと孤独な判断を迫られる。自分で決めなくちゃいけないし、誰も聞く人がいないだろう。小さな会社だから。だから「孤独に強くなる」「自分で判断できる」「自分で調べることが苦にならない」ということに対して準備しておかなければと思った。それが一人旅であり、海外行きであり、自分で選んで本を読むことだった。
なるべく遠い南米を旅したのも、学生時代の今しか出来ないと思ったから。テニスは単にやってみたいあこがれだった。
それからパソコンに興味を持ったのも、何度も同じことを繰り返さなくて済むと思ったから。暗算が面倒でしょうがなかった。それに当時の事務は、転記や繰り返し作業の連続だったしね。

おじいちゃんの会社に入っても、違うことやってる。
だから君たちに「真面目に勉強していい成績をとりなさい」と言ってない。
言うとしたら「自分から好きなことを見つけて、夢中で深く追求しなさい」だろう。
付け加えるとしたら「今だから出来ること、今しか出来ないことを優先しなさい」
選んだ学校や会社と違っていても。

Saturday, June 14, 2008

お客様に何をしたいか

経営者は会社の目的をお客様の言葉以外で語ってはいけない。
「お客様にこういうことをしたい」

自分の目的で語ると会社はだめになる。
たとえば「うちの会社は日本一の売上のなんとかになりたい」

お客様から目線が離れては不幸な結果を招く・・ということを肝に銘じなければ。
大前さんが言っていた。お父さんの注意しなければいけないこと。

志の高い人が集まる

「いい高校は志の高い人が集まる」って聞いたもので、「だから都立は・・・」とマリアは言ってたけれど、お父さん異議あり。


「志の高い人」=「理想との大きな差を感じながらも、現状を変えようとチャレンジする人」
つまり、現状の中でいい成績をとる人じゃない。やる気のある人と言っても、それで与えられた課題をまじめにやるというのとは前提が違う。

「志の高い人」はどちらかというと異端。現状を良しとしない人。違う理想を自分でイメージしている人。それを実現するために必要な手順を考え、協力者になってもらうよう考えを披露し、実行する人だ。

もしくはとんでもない夢を実現しようとしている人。きっとまわりの人は「むりだよ」って思っている。そう感じていても、そういわれても、「やってみたい」という気持ちを止められない。そして具体的な手順を考えて実行する、そんな人。

昔の大学は、同年代は働くのが当たり前のときに行こうというのだから、異端だった。今はそうじゃない。ならば今、異端の人はどこで出会える?

うまい人との違い

プロとアマの違い。
執念。ひたすら細部まで磨き上げているか。
「どうしたらもっといい作品を作れるのだろう」と深く深く考え続けることもやめない。

プロとコンビ

親と言うのは娘や息子については心配の塊でもある。
12月の発表会、アジアンダンスはプロとのコンビか。さすが世界のトップレベルの人たちが集まる場所だ。
その反面、心配も膨らむ。たとえばクララがプロとコンビを組んで発表会に望むとなれば、「足を引っ張るな」というプレッシャーでつぶされはしないかとか、一歩前へと出るのが当たり前の国民性の人たちと一緒になったら、むりして一歩前へ出ようと空回りしないかなど、考えたらきりがない。

インターネット時代に言えるのは、一歩前へ出るよりかっこいい、「クール」と言う感覚が世界に生まれてきていること。
英国ロイヤルバレエでプリンシパルをやった吉田都さん。イギリス人の評価は「控えめながら正確、まさにイギリス人の伝統を持っている。そしてかわいらしさ」だそうだ。この意外な反応は、イギリスが日本と同じ島国だからか。
アメリカは大陸的だからインドや中国に共通するものもあるけど、イギリスには一目置いているし、フランス語には憧れやコンプレックスを持っていると聞いた。そのフランスもアニメなどの日本のポップカルチャーや浮世絵という昔のポップカルチャーに影響を受けている。共通するのは「わかりやすくてシンプルだけど繊細」。
だから日本的なものも「クール」と受け取られると思う。
一歩前へ出ることよりも評価を受ける自分らしさがあるのではないかということ。
これでもかこれでもかとメインディッシュをてんこ盛りにするレストランより、付け合せの漬物がうまいと言うのが伝統ある料理店の特徴だしね。

日本的って何?すし?盆栽?日本舞踊?お茶?太鼓?アニメ?トヨタ?ビデオ?
モノでイメージするか、物語でイメージするか、だれか存在する人でイメージするか?君たちの時代の感覚で選んでごらん。
お父さんが選ぶなら太鼓かアニメだ。
それからニューヨークでひとり、勝負してきた日本人の人たちに、アドバイスを求めるのもいいね。どんなに大物でも若い人には喜んで教えてくれると思う。紹介の国だから、きっかけも開いてもらえるかもしれない。ただしアドバイスはだいたい過去の成功体験だから、時代に合うように自分で考えて参考にする態度を忘れずに。

Wednesday, June 11, 2008

もやもやをはらす4つの魔法

「ピラミッドで文書を構成」=「考え方を整理して答えを導き出すこと」は、以前にも書いたことだね。
今なんとなくうまく行かないなと思ったとき、君の欲しい「答え」は次の4つのパターンのうちどれにあたるかな。
実は「答えを考え、伝えること」が文書を書く目的でもある。書こうと思っているのは、4つのうちのどのタイプかを知ることが、頭の中を整理することでもある。つまり、もやもやを晴らすということ。

1.「しなければいけない仕事がある→その仕事の妨げになることが起きた→どうすればよいか?」に答える
2.「問題がある→解決方法を知っている→実行するにはどうすればよいか?」に答える
3.「問題がある→解決方法が提案された→それは正しいものか?」に答える
4.「行動をとった→効果がなかった→なぜ効果がなかったのか?」に答える

例えばこんな具合。
1.今君はダンスに集中したいのに、せっかく選んだ家に対して「ああだこうだいわれて集中できない」と感じているもやもやに答えを出したいのか。
2.創作ダンスのパートナーがうますぎて、ついてゆくには繰り返しの練習しかないと知っている。「どんな段取りで環境を整え、発表会に間に合うように仕上げてゆけばよいか」に答えを出したいのか。
3.まわりがとてもうまく見える。スタジオで教わったことをやっているのだけれど、それは「自分の求めているものか」に答えを出したいのか。
4.同級生はもう就職や舞台の第一線に踏み出している。追いつくよう、自分なりにベストの道を進んできたつもりだけど、効果なく遅れているように思える。「なぜ効果がないのか」に答えを出したいのか。

Tuesday, June 10, 2008

1、2、3、30で転ばないスピードとは

アントニオ猪木が「1,2,3、ダアー」ってこぶしを突き上げるが、人生も似ている。

1つやってみてうまくいった。
2つやってみてうまくいった。
さらに3つやってみてうまくいった。
次は一気に30やってみる。

こんな具合だ。
一つ一つ積み上げてゆくこととは、本当はこういうことらしい。
転ばないスピードでということが大切。
最初はあせりすぎないこと。
3つうまくいったら、一気にスピードを上げてみること。

まわりは必死

アジアからの留学生とかを見てると、お金持ちのボンボンもいるけど、この機会に何かつかまないと後がない、ひどい生活に逆戻りみたいな必死さを見るときがある。
がけっぷちの必死さ。

ほって置かないで具体的に突き詰める

夢をかなえるのにはこの環境が必要。
その場にいるにはお金が必要。
でも持っていない。
具体的に考える。考えられる道は「両親に頼る」か、「投資家に頼る」か、「奨学金に頼る」か。お金を今出してもらうというのは、将来の価値を買ってもらうことと同じ。証拠を出せと要求される投資家と、証拠はいままでの一緒に生きてきた日々、だからいならいという両親。奨学金はその中間かな。

いい出せなくてほおって置くのが一番まずい。
これ、お父さんにもいえるんだよね。
いいときばかりじゃないのが普通の人生。
どうせなら「助けてあげられる」よう、いつも未来も含めた長いスパンの自分軸で自分を見て、いいときも浮かれずに精進しなきゃ。

お父さんのブログとJAZZ

お父さんはブログを書きながら君たちに教えているように見える。
実はお父さん自身を磨くために役立っている。
「教えること=自分を磨くこと」

仕事が本当にその人を鍛える場だという。
仕事とは、自分の価値を買ってもらうこと。価値は時代(まわりの環境になにがあるかなどの前提条件)によって変わってゆくから、常にまわりの事実を観察して磨きなおさないと陳腐化する。
本質は「他の人に教えることができるもの」が価値。物を作ろうと、サービスを売ろうと、「教えることができるもの」というのは同じだと思う。

できれば修行を短く終わらせて早く仕事をしたい。
「仕事=教えることが出来る」なら、なるべく教えてもらっている間も、教える機会をもてたほうが、磨かなければいけないところをはっきり見極められる。自分の弱点が分かる。必要なものがわかる。
教えるノウハウをオウム返しにするのではない。自分の言葉で、相手にあわせて。だからJazzなんだ。

何もない村から

ヨセフのいる奥会津には、アルバイトをやとってお金を払ってくれる場所などない。しかしお小遣いをためたいヨセフ。なんとかしたい。時間はある。
高収入で過疎の村でも出来るバイト、それもヨセフの好きな分野。あった。Webデザイナー。インターネットを通じて日本だけでなく世界中を相手に出来る仕事だ。

この仕事のチャンスのために勉強しようという目的意識が出来る。
この仕事の方式はクラウドコンピューティングといって、今後主流になる最先端の仕事の仕方。5年後も役に立つ。
この仕事は実務を通して英語のスキルを伸ばすきっかけになる。コミュニケーション能力アップだ。

挫折しないで続けていく強い目的意識になっているか、これがカギだ。

物語を想像する

ベッドの中でも、人形遊びの最中でも、スタバにいるときでもいい、ボーの時間に物語を空想してごらん。
その物語につけるダンスや音楽を同時に空想する。
たぶんこれがお父さん流の創作ダンスの作り方。

言われたことだけをこなすのではなく、解釈して体現すること。
部品をくっつけて形にするのではなく、もともとあるものを掘り出してゆくように。
昔の彫刻家が言ったこと。木の中に見えている仏像の、まわりの木を彫刻刀ではぎとってゆく。ただそれだけ。

実行したこと一覧

書き出してごらん。少ないと感じるか、よくやったなあと感じるか。
これを見たら、逃げたくなっても踏みとどまれるだろう。

ワンマンズドリーム

今のクララの原点はきっと、小さい頃に見たワンマンズドリームの舞台だろう。

One man's dream、つまりある男の夢。ある男とはウォルト・ディズニーのこと。
ウォルト・ディズニーは何もなかったフロリダの原野に、ディズニーワールドを構想した。他の人には荒れた原野にしか見えなかった場所でも、彼には家族の楽しんでいる姿が見えたのだろう。その彼だけに見えている姿を形にしようと、たくさんの人を引き込んでいった。ディズニーの見えていた世界がディズニーランドであり、ディズニーワールドとして形になった。

ダンスの表現も、ダンスを組み立てた人やクララの見えている世界を形にすることなのだろう。

話してわからなければ追い出す道

大きな挫折の後、環境を変えてうまくいっているクララとヨセフ。そういう時期なのだ。
アメリカへ行きなさいとか、会津へ行きなさいといったとき、クララやヨセフはどう思った?初めての夏休みで日本に帰りたかったのに、「もう少しそちらにいなさい」とロス行きをすすめられたとき、どう感じた?環境を変える時はみんな心の中で抵抗するもんだ。
怒らないお父さんだけど、時期だと思ったら追い出す。
君たちの心の中に新しい世界が開けることを祈って。

ピアノ練習の個室

クララにとって、大学のピアノ練習用個室が、それまでの流れを変えた場所だと思う。 何をやっているのか、自分でも不安でしょうがなかった頃から脱皮できたきっかけ。
スタバもそうだけど、その空間で心のしがらみを切り離し、新しい形に再結合していったのだろう。ちょうど間違ってくっつけてしまったジグゾーパズルのピースをはずして、また付け直すように。
ぐんぐん引き込まれるような集中力が生まれ、新しい曲が形になってゆく。なんども同じところでつっかえない。素直に、すーっと変わってゆける。
こみあげてくる楽しさ。時間はあっという間に過ぎてゆく。

無心に切り離しと再結合のできる場所。新しいものが生まれてくる場所だ。
勉強でも同じことが起こる。どんどん理解が進む場所。図書館だったり、暖炉の近くだったり、コーヒーショップだったり。
そんな隠れ家をいくつか見つけるといいね。

好きなことの力

「大学に受かりました」
みんなに報告すると「???」という反応。そう、みんなその大学の名前を知らない。誰でも知っている伝統校、有名校とは、偏差値の高さがさらに競争をあおった結果。好きなこと、やりたいことや才能を、その場所で伸ばしてもらえるかは物差しがない。コップの中の嵐のような受験。世界のトップレベルの先生が集まっているとは思えないけど。

面白い実話をソフト開発会社をやっている知人から聞いた。
世界で3本の指に入るようなソフト開発の天才が、縁あって知人の会社にやってきた。実はそういった連中は日本に興味を持っている。日本で働きたくて、実際にやってきたわけだ。その理由はアニメ。こちらは確実に世界のトップレベルの才能を引き寄せている。

海外の友人に聞けば、ヨセフの今歩んでいる環境は理想的だと同意見。
親元を離れてホストファミリーの元での日々、田舎ぐらしでの人間関係、自然豊かで質素な暮らし、ボランティアキャンプの参加、村おこしで経験するリーダーシップ、工夫して自転車を作る経験、旅、好きなことを極める、無駄な受験勉強に巻き込まれない、人生の価値観を考えられる環境。そのためには通信教育が必要になる。

クララの留学のときの審査でも分かるように、世界の大学で試されるのは「自分を見つめなおして表現する力」「勉強以外の活動でのリーダーシップの経験」「好きなことをベースに人生を積み上げてきているかどうか」「価値観」なのだ。
好きなことなら挫折を乗り越えられる。好きなことなら続けてゆける。好きなことをベースにしたら、全ての原動力の動機は強い。
そして経験できるチャンスは、買ってでも、飛び込んでいかなければいけないんだ。
受験勉強の知識を詰め込むことは、ポケモンの名前をたくさん覚えるのと変わりない。今の日本の状況が逆に、???。世界の田舎になっていることに気がついてほしい。

Monday, June 09, 2008

受験勉強

一生懸命競争のために、意味を見出せない勉強をしている子供たち。
好きなことからはじめて磨きつづけてゆくと、自分から勉強することもいつのまにか苦にならないよ。
受験は手段だ。目的ではない。
大学はいい仕事をするための力を身につける手段だ。実践的なほうがいい。
高校は人づくりをする場所だ。受験のための実践的なテクニックを磨く場所じゃもったいない。
高校は何が普遍的な価値か、いろいろ体験をしたり議論をするための場所だと思う。そのためには同質の人ばかりのクラスは問題あり。異質を排除するような同質の中だけじゃいい議論は出来ない。もうサマーキャンプとか、機会を見つけて自分から異質の中に飛び込んでゆかなければ、自己満足に終わる。時代や世界からずれてしまう。 だからお父さん的には通信教育は理想的だと思う。

幸せになるために求められている人材になろう。
求められている人材は、好きなことを磨き続けていったプロ。
僕たちがレストランを選ぶときや買い物をする時、こだわりの店や専門店を選ぶように、人材は好きなことを磨き続けていったプロが選ばれる。
それも日本だけではなく世界中で活躍できるプロ。
世界中の人が価値を認めてくれるプロ。

受験勉強ご苦労さん。

明るくなったね

明るくなったルカ。
人の目ばかり気にしなくなったヨセフ。
確実に自分で世界を広げてゆくクララ。
みんなの姿に幸せを感じるお父さん。

自分の好きなことを磨いてゆく

久しぶりに同窓会、お父さんの通っていた起業学校の仲間と。
起業は自分の好きなことから組み立てをはじめる。それをやるのに他の人ではなく、あなたでないといけないことを選んでゆく。
挫折は必ずあった。だけど乗り越えられない挫折はひとつもなかった。一生懸命磨き続けていると、まわりが受け入れてくれ始める。
これが仲間たちの人生の共通点。

偏差値や世間の基準から人生を選択するのではなく、自分の好きなことからはじめて、それを磨き続けてゆくのがよし。
旅人のように、環境を変えて飛び込んでゆくところからすべては変わる。

映画作りと旅行案内

ヨセフには「映画作り」、ルカには「勝浦合宿企画」、クララには「ロサンゼルス旅行案内」
自分の力でやる。
これらはリーダーシップを発揮したものであり、頭をよくする訓練だった。なぜだかわかる?

こういう活動をどんどんやるといい。
リーダーシップが身について、頭もよくなる。

鐘をつきながら思う

地元の子達がギターを習いたいと自分を慕って来てくれた。それまではどうしたら友達が出来るか、クラスに溶け込めるかばかりを考えていたけれど、現実には雰囲気になじめなかった自分。
好きで奥会津にいると胸を張っていえる。それまでは高校はどうしたのと言われたらどうしようと負い目を感じていた自分。
つかみかけている新しい価値観。それまでは同年代から置き去りにされてゆくようなあせりばかり。追いつけない、期日までにやれない、やろうとするより言い訳を考えて結局その場をつくろう悪循環。
思い込もうとしても、自分自身をうそではつくろえない。

新しい環境に飛び込んだ。
若い人たちや村の人たちに受け入れられる。
毎日決まった時間に鐘をつくという小さな積み重ねが、村人の心に希望を届けて感謝される。
偏差値や世間の目ではなく、好きなことから組み立てなおして考える。その結果大学も決まり、受け入れられる。
そして好きなことを磨いた結果、ギターを聴いてくれた子供たちが自分をあこがれてくれる。
いつも臆病でほんとは憧れてばかりだったのに。
そんな自分も現実も今は受け入れられる。
自分の過去や今、未来も見つめなおして、スピーチにもそのまま表現できた。
今までは消したかった現実の中に価値を見つけ出した。

鐘をつきながら思う。
心の中に充実感が広がっている。
響き渡る振動が、錆びついたこだわりを洗い落としてくれる。 煩悩をふるい落としてくれる。
飛び込んだこと、受け入れてもらえたこと、自分自身を受け入れることが出来たこと、好きなことから組み立てなおしてゆけたこと、続けてゆけたこと、そして他の人にしてあげることがある喜び。
鐘をつきながら、オンリーワンの幸せを引き寄せる。

Sunday, June 08, 2008

クリエイティブな頭訓練法

クララ、ヨセフ、ルカ。頭をよくする訓練方法を教えよう。
右脳と左脳のやりとり(クリエイティブな回路)を活性化する方法。
「彼女と渋谷で待ち合わせてデートする計画を立てる」
だそうだ。

ハチ公の前で待ち合わせて、それからどこの道を通ってどの店に入り、どんなものを注文する。こんな会話をして相手もこう答える。その場にあった音楽も合わせてみる。 彼女の好みに合うかな。おっと、時間も考えなきゃ最終電車に乗り遅れる
そういった場面を頭の中で映画のようにイメージしながら、いろんなパターンを考えて選んでいくことだそうだ。

やることがたくさんあって忙しいとできない。またゲームのように目の前のことばかり見て対処してるとできない。
お父さんは頭の中にずーっと場面を置いておけないので、マイブックに書き出している。スタバのボーは大切。
また、おじいちゃんたちとの旅は「どこに泊まれば面白いかな」「何を見たら喜んでくれるかな」というので、調べて到着時間も考えルートを決める。自分も楽しみたいから、面白いかどうかわからない初めての場所も選んでみる。結構頭を使うよ。ひとり旅の経験、誰かを連れての旅行案内の経験は頭をよくする。

ひとりでできた

あこがれること。
先生の言われたとおりに努力を続けること。
より高い品質を目指して努力を続けること。

学校でとる授業を選んで登録すること。
まったく知らない場所のLAやNYに行ってダンススクールを申し込むこと。
大学を転校すること。
住む場所や友達作りも一からはじめること。

自分の希望を具体的な行動に移すこと。

初めての旅先どこに泊まるか

学生時代は貧乏旅行。格安の宿を見つけたときのお得感。
それから昔の日本なら、だんだんユースホステルへ。同じ若い旅人が集まるので、似たもの同士、有用な情報が集まるメリットに引かれた。
その後、お気に入りのユースホステルが出てくる。よりいい人たちにめぐり合える雰囲気のある場所。ちょっと隠れ家的でもある。
そして友達がすすめてくれる場所。それも感覚が近い人のすすめてくれる場所。もうユースに限らない。
海外に場は移り、地球の歩き方のような情報誌にのっている場所へ。
そしてちょっと大きめのホテル。ちょっと高くても、海外では安全を買うという意味もある。これ大切なこと。
それから情報の集まる小さめの宿へと進化してゆく。
進化の段階は飛ばせないものだ。

住むときも同じ。
土地勘がなければ、まずは情報の集まる場所を選ぶ。大学の寮みたいなところ。
いい地元の友達が出来て事情がわかってくると、より隠れ家的な場所がわかってくる。

友達の選び方も同じ。
最初は先輩などの紹介。途上国ではその先輩がどういう人かによって、紹介される地元の人のタイプが分かれる。だから、まったく知らない土地、海外でも、結局最後は自分で友達の輪を一から作っていくことになる。そう思っていい。

自分の感覚だけが頼り。変な誘いに乗らないのも、人の勧めを鵜呑みにしなければうまく切り抜けられるよ。

家族のイベント

写真を整理していたら、たくさんの家族のイベントが写っていた。
夏のキャンプ。
必ずやった釣り。それにまきで直火の夕食。紫色の煙が上がり、飯ごうでご飯を炊く。ホワイトクリームシチューと釣った魚の塩焼き。
それに山のハイキング。
海にも行ったり、一日中プールにいたり。
磯で生き物を捕まえた。ヤドカリはチョコチョコ動いてかわいいけど、ウミウシはずいぶん変わったものだったね。
カブト虫も採った。津南では夜中に駐車場の電灯に集まってくるのを拾いに行ったり、霧積ダムの上でも電灯に集まったカブト虫を拾った。
中学生になって、友達同士でも勝浦に行ったね。

今年は初めて夏に家族でキャンプをしなかった。でも、それぞれチャレンジの夏だった。アメリカ、会津、イギリスと。
もうすぐ夏休みも終わるけど、きっとみんなの一生の記憶に残った夏だっただろう。

Wednesday, June 04, 2008

鐘つき少年

奥会津への旅は有意義だった。うれしかったことはヨセフが土地の人たちに広く受け入れられているということ。
彼は「鐘つき少年」として地元の村人の話題に上っていて、それだけではなく離れた村の人の間にも話題に上っていることがわかった。
「俺は会ったことがある」とか「話したことがある」という具合。
なぜ受け入れられたんだろう。それはヨセフにも、村の人にも気がつかなかったことかもしれない。

昨日のことだ。地元の人たちの集まりで、一人の女性がヨセフにお礼を言いたいと手を上げた。その若い女性は郷土のことを調べるために、年寄りの話を聞き、書き取る活動をしている人だった。
「とうもろこしを焼いてぱちぱち言う音が夜聞こえた。あの家はとうもろこしを育てていないはずなのにな、どこからもってきたんだろう」なんて、音にまつわる古老の、おおらかな昔話を聞いてきた女性の話。
「音は大切だと思うんです。鐘の音を復活させてくれてありがとう。」
ヨセフがついているお寺の鐘の音は、先代の住職がなくなって以来、20年ぶりに復活したものだった。

鐘つき少年の鐘の音は、時報の代わりに聞こえているものではなかった。
それは村人ひとりひとりの心の中に響いている。なつかしい情景を呼び起こし、無事毎日を過ごしてゆく幸せを、心に刻んでゆく鐘の音だったのだろう。

自転車の組み立て

ヨセフが自転車を修理して使えるように工夫しているそうだけど、この不自由さは当たり前のことと思ったほうがいい。かかった時間は無駄ではない。
そしてそれは技術を伸ばすきっかけになるかもしれない。お父さんのパソコン組み立てやソフト設定、ネットワーク構築の独学が、君の自転車修理に似ている。

最初は必要性の理解も得られない。ゲームばかりやって遊んでると思われる。
仕事に導入したら、やれ消えちゃっただの、どうやればいいか忘れただの、質問ばかり。みなマニュアルに書いてあっても読まないし、同じ質問ばかり。ちょっと状況が違うだけなのに、応用は利かない。そのたびに教えたり、解決方法を考えたり、より簡単な設定を考えたり。

ちょっとなれてくると「こんなこともやりたい」「できるはずだ」。だが試してみてもうまく行かない。なぜか分からない。
何時間もいろいろ条件を変えて試してみる。この繰り返し。
まわりには聞いて答えられる人がいないから、いろんな本を調べる。だけどあまり載っていない。想像して試してゆくしかなかった。
とにかく動くようにする。それから理論を身につけて応用。こんな感じだ。

気がついてみればプロになっていた。

gmailのグリーンランプ

手をつないで寝るようなもの。生存確認。
クララ、生きてるね。ヨセフ、珍しいな。
こんな感じ。

Tuesday, June 03, 2008

前例があるなら

「身近なあの人がやったのなら、自分にも出来るかもしれない。」
こういうきっかけでチャレンジするのはいい。行動を起こしたことは、案外ずーっと続くものだ。

それに反して、つい前例があると、それにならってしまうのはいけないことだ。前提や条件が違うはず。それなのに、「前例がある」という一言、「みんなやっている」の一言で右へならえをしてしまうのでは、まったく自分で考えていないということ。これは絶対に避けたい。