プライドを捨てた
どん底でワールドカップに臨んだ日本代表が、選手だけのミーティングを開いて激論を交わし、「俺たちはへたくそなんだから、もっと泥臭くやらなければいけない」というトォーリオの発言からチームがひとつになり、必死に戦う姿勢に変わったという話。示唆に富んでいた。
そう、日本代表に選ばれたということは「代表なんだ」というプライドがでるということ。練習のときから「かっこわるいことは出来ない」という構えた姿勢になってもおかしくはないわけだ。
ましてや日本代表でもなんでもないお父さんや家族のみんな、それでも構えてないかな。
お父さんがみんなに海外で暮らす経験をすることを勧めたり、お父さん自身もいつもひとりで海外に仕事に乗り込んでいって、かならず1回は言葉の通じない地元のレストランに入るのも、構えないでなんとかやってみるという姿勢を忘れないためなんだ。自分の知っている分野を外れて、何もない人間の力でどこまでやれるか、この姿勢を忘れちゃいけない。海外組の問題意識を持たなければいけない。
先輩といわれるようになると特にえらくなったような気がする。経済大国といわれるようになるとえらくなったような気がする。注意しないと、必死についてきたころより構えてかっこつけてしまう。言い訳が先になる。
組織の中では、先輩の時期のほうが長いもんだ。先輩といわれると、これで自分ではわかっていてもだめになる。必死だった自分は、年がひとつ上がったというだけでどこかに置き去りにしてしまう。いつの間にか立場が変わって染まってしまう。就活もいいけれど、このわなが待っている。君をもっと磨きたかったら、姿勢を忘れなくなるまで、最初は別の道を選びなさい。
生きる姿勢の問題。
孤高の人であれ。作る側に居よ。
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